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全楽曲解説! ~脱輪1stインタビュー~

※脱輪待望の最新曲『波打つ』はこちら!
 
 
 

ーどうも。

ういっす。
ー早速いろいろ聞いていきたいんですが。
はい。
ー曲を作り始めたのはいつですか?
三ヶ月前ぐらいですかね。
ーなにかきっかけがあったんですか?
速いからです、スピードが。もともと文章を書いてるんですが、だれも読んでくれなくて。曲作った!聴いて!って言うとわりとみんな聴いてくれるんで。これは使えるなと(笑)あと、文章を書くのはつらくて苦しいし、なかなか完成しない。曲の形だったらすぐ作れるんで。
ー楽曲は、あくまで言葉を伝えるためのツール?
そうですね。音楽は大好きですけどまったくの素人ですし、なんか失礼な気がして。聴いてもらうために、音楽作ってます!って言い方はするけど、自分の中ではそういう気持ちはないです。
ーラップを始めたのはもう少し前ですか?
いや、同じぐらいですね。作ったもんを時系列で聴いてもらえればわかるんですけど、まず他人様の作ったトラックにラップや朗読を載せる形でスタートして、それからサンプリングをやめて自然音だけで曲作ったり、ラップも曲も自分で作ったり。やっぱり言葉なんでしょうね。
ーどうして、言葉なんでしょう?
他になにもないからです。このインタビューだって、言葉がなければ存在してないわけですから。本当はあなたもわたしもいない。でも逆に言えば、言葉さえあれば全部がそこに生きはじめてしまうわけです。無理やり存在してしまうあつかましいもの。
ーあつかましい?
そうでしょう。言葉が本質的にあつかましいものだって前提を忘れた作品なんてみんなゴミですよ。そんなんばっかですけど。最近話題の◯◯とか××だって・・・
ーあの、そろそろ具体的な作品について伺っていきたいんですが。
どうぞ。
ー朗読の作品がありますよね?
はい。
ー先ほどの話だと、曲は自分で作ったものではない?
トラックは人のをそのまま使ったり、いろいろ加工して使ったりしてます。『gogonoyuurei』は田村晴樹さんっていう、絶対だれも知らないですけど70年代後半に第五列っておもしろいグループがあって、その一員だった人の、たぶん唯一の発表曲をそのまま使わせてもらいました。『マールの耳』は、blondesっていうドイツかどっかで少し前にデビューしたテクノデュオの曲を、テンポ落としてちょっとエコーかけたんだったかな?そんな感じで使いました。こいつらは音がめちゃくちゃ凝ってるんですよ。
ー『おえっこ倶楽部』は?
あれは半分ボツなんで(笑)鼓童っていう世界中で活躍してる和太鼓のグループですけど、その曲を気持ち悪いリズムに変えて使いました。
ー歌詞はどうやって考えるんですか?
考えるというか、もともとあったものなんで。
ーもともとあった?
『マールの耳』は、僕が19歳の時に書いた『耳』っていうタイトルの散文をそのまま読み上げてるんです。あの頃はこういうのがいくらでも書けたんですよ!うらやましい限りです。で、『gogonoyuurei』は3年前ぐらいに書いた詩で、『おえっこ倶楽部』は6年前に書いた小説。朗読じゃないですけど、『さよなら、エンジェル』も昔書いたアイドル/AV女優に関する考察を、こちらはラップ用に手直ししたものです。
ーなるほど。音楽は言葉を伝えるための手段、とおっしゃった意味が少しわかってきました。逆に、新しく書き下ろした歌詞はありますか?
『アリスの耳(不思議の国のアリス第四章ラップ)』がそうですね。そもそもこれを作る目的ですべてが始まったので。
ーなぜアリスだったのでしょう?
う〜ん。話せば長くなるんですが、アリス物語の凶暴な楽しさに惹かれるんですね。ルイス・キャロルという人に寄せる共感も大きいです。で、キャロル関係の本を読んだりアリスを原文で読んだりしてるうちに、批評的な観点から見て、これはまだだれも指摘してないぞ!という切り口が見つかりまして。最初は文章で書こうと思ったんですが、待てよ、ラップにしてみたらおもしろいんじゃないかと(笑)
ーいきなりラップ(笑)
まあ、韻もあんまり踏んでないし、正確にはポエトリーリーディングならぬクリティックリーディングとでも呼ぶべき代物でしょうけど。
ーラップにはもともと興味があったんですか?
高校時代からヒップホップは大好きでよく聴いてたんですが、自分でやることはあんまり考えてなかったですね。友達とカラオケ行った時にその友達がいきなりフリースタイルを始めて、それに触発されたのもあります。
ーもしかして、その時のフリースタイルが『RF5』なんですか?
あれはまた別の友達で、カラオケでやったフリースタイルバトルを編集したものですね。トラックは高校の夏休みに毎日聴いてたNitro Microphone Undergroundです。
ー脱輪さんはバトルではわりと正統派のスタイルですけど、お相手のラップはちょっとすごいですね。
すごいでしょ!彼は天才ですよ。あんなラップ聴いたことない。ヒップホップにまるで興味ない人間に無理やりやらせるフリースタイルには大きな可能性を感じます。やらされる方は迷惑でしょうけど(笑)
ノベルティーソングというか、似たような感じで『Rescue Me』というのもありますが、これはEvery Little Thingのカバーですよね?
はい。
ーちょっと脱輪さんのイメージから遠いんですが、なぜELTを?
大好きだからです。特にこの曲を歌ってる時のもっちーが最高で!2002年のツアー映像ですね。
ーこれは、自分で作ったんですよね?
そうです。シャバダバ言ってシンセのメロ真似して、机とコップをペンで叩いて2種類ドラム撮って、最後に歌載せたのにリバーブかけまくって、全体をテンポアップ、はい完成!30分くらいでできました。
ー続いてインスト曲について教えてください。
はい。『White Rabbit & Golden Key』は、一番気に入っている曲なんですが、4つの音源をばらばらに組み合わせて作ってます。フランスのゴンザレスのソロピアノ、不思議の国のアリスの朗読CD、美少女ゲームのドラマCD、それからシャカゾンビのTsucchieのトラック集。この頃フランスのトイミュージックアーティストKlimpereiのライブに行ったのもあって、Klimpereiっぽい雰囲気を目指しました。結果的にかわいらしくストレンジな曲になったので、成功ですね。
ー『飛ぶ夢をしばらく見ない』は、反対にダークで冷たいテクノですが。
これは一日レコーダー回しっぱなしにしたまま散歩して、採取した音をこねくり回して作りました。最初はなかなか曲にならなくて、苦労しましたね。完全に自然音だけで作ってる人って、世界中でたぶんだれもいないんですよ。どうしてもギターやビートを足しちゃう。やってみて理由がわかりましたね。人がなにかを聴いて“これは曲だ。音楽だ”って認識するためには、ある程度の型が必要になってくる。
ーでも、脱輪さんは自然音だけで作ったんですよね?
作りましたとも!もちろん加工はしてますが、プリセットの音はいっさい入れてません!
ーがんばりましたね。予告では、この曲を収録した2nd albumを製作中とのことですが?
絶賛頓挫中です(笑)30分ぐらいまでは作ったんですが、納得いかなくて。ただそこでできた素材だけはあるので、『エルンスト・カッシーラーのサウンドトラック』というアルバムタイトルともども、どこかで生かしたいとは思ってます。
ーそのエルンスト・カッシーラーという名前も含め、脱輪さんの曲には難しい言葉がいろいろ出てきますが、ここらでちょっと解説をお願いできませんか?
ググレカス!ってのもあながち冗談じゃなくて、昨今では知らない言葉を検索する喜びもあると思うので、気になったらぜひ調べてほしいというのが本音です。とはいえせっかくですから、ひとつだけ種明かししておきましょうか。『マールの耳』ですが、サムネイルはドラ・マールという女性。ピカソの数多くいた愛人の一人で、シュルレアリスムの写真家でもあった人です。彼女に貝殻を撮った不思議な写真があって、その実物を見れば『マールの耳』の“ぼく”の正体がわかるかもしれません。
ーそんな深い意味が!気になりますね。
『マールの耳』だけじゃなくどの作品にも、サムネイルの画像含め、二重三重の意味が仕掛けてあるので、謎解きの快楽を味わってみるのも一興かと思いますよ。
ーでは、いよいよヒップホップ楽曲について聞いていきます。
うっす。
ーまず、『さよなら、エンジェル』ですが、2バージョンありますよね?
はい。最初がプレーンバージョンで、デイヴ・ブルーベックの代表曲の、フィロ・マシャドによるスキャットカバー『Take Five』を編集して使ってます。で、勝手にマシャドとフィーチャリングしてることにして(笑)
ー聖三位一体バージョンの方はもっと凝ってますね。
そうですね。これは、さっき言ったフィロ・マシャドの『Take Five』、UAベンジーが昔やってたバンドAJICOの『Take Five』、それから両方のカバー元であるデイヴ・ブルーベック・カルテットの『Take Five』の三つを組み合わせてるんです。だから聖三位一体(笑)他にもマイルス使ったりしてますよ。
ーマイルスって、あのマイルス・デイビス
そう。最初の、バーン!っオルガンの音。『doo-wop』ってアルバムの曲で、ジャズの帝王マイルスがヒップホップに挑戦した作品なんで、敬意を込めてのサンプリングです。ちなみにこの曲、バラエティー番組の帰れま10でも5秒ほど使われてますよ。プロデューサーがマイルス好きなのかな。
ーサムネイルの画像はなんですか?
『聖セバスティアヌスの殉教』。キリスト教絵画の重要モチーフのひとつですね。聖三位一体と掛けてもいるわけですが、なぜこのモチーフなのかはググレカス
ーありがとうございました。では、新曲の『波打つ』についてお話を聞かせてください。
えーっと、今ちょっと事情があって精神分析関係の本をいろいろ読んでまして、詩はその過程で生まれました。曲はケータイの無料アプリで作って、それを右手で演奏しながらラップしたのをICレコーダーで録音、パソコンのこれまた無料ソフトで編集して完成、ってな具合です。
ーえーっ!曲とラップは別録りじゃないんですか?
別じゃないですね。雑音が入らないようトイレに篭って、スマホで演奏しながらラップしたのを一発録り。だから、ガチのライブレコーディングなんです(笑)
ーどうしてまたそんな大変な真似を・・・
他に方法がないからですよ!いや、あるに決まってるんですけど。お金出してソフトダウンロードしたり機材買ったりしたら、もっと楽にはいくらでもできるんでしょうけど、タダでどこまでおもしろいものを作れるか?ってテーマにこだわってるところもあるので。だから音楽制作には今のところ1円もかけてません!(笑)
ーそりゃまた凄まじい・・・
逆に、書きものには死ぬほど投資してますけどね。既に一生かかっても読み切れない量が部屋にあるのに、アホみたいに本買ったり。まあ、機材も今後は買うかもしれませんが。録音環境が作品の出来を大きく左右することは『波打つ』製作に当たってほとほと身にしみたところなので。実際、僕の頭の中にある『波打つ』はこの1000倍はヤバイ作品なんですよ!そこはめちゃくちゃ悔しいですね。いつか録り直したいです。
ーなるほど。最後に、今後の予定や展望などあれば。
2nd album『エルンスト・カッシーラーのサウンドトラック』は、やはりなんらかの形で完成させたいですね。3rd album『VS アフロディテ』ってのもアイデアだけはあって、女性アーティストの歌モノカバー集になる予定です。今の手持ちじゃとても無理ですが、もし実現したら『Rescue Me』も収録します。あの曲はボサノヴァ・パンクっていう存在しないジャンルを念頭に置いて作ったんですが、そういう意表を突くカバーをやりたいですね。あとは、とにかく明るく楽しくポップなラップチューンを作りたいです!とびっきり俗っぽいやつ。いつも暗いとか怖いとか言われてしまうので(笑)
ー楽しみに待ってます。今日はありがとうございました!
これからも変なものおもしろいもの新しいもの気持ちわるいものまだだれも見たことないものをがんがん作っていくからな!覚悟してやがれ!ありがとうございました。
 
 
 

嵐山

ほんとに死ぬっ!と叫んだ女の子の家は嵐山にあって、電車に乗って。急いだ。街並みは昼間と打って変わって、夜だ。
ホリーズカフェ四条室町店には喫煙席がある。腰かける。隣にその子がいて、ぱかーん。頭が開いた。中にはたっぷり詰まってる。思い出、といえば気安いが、それはガラスで、しかも念入りに砕けていて、ひっかかるたびひっぱりだせば切れる。
はじめて会ったのは・・・
映画館!入口に設置された券売機の前にあの子はいて、夏だった。日が長く感じられはじめた矢先、近づくと後ずさった。
なんで逃げんの。笑いながらいなす態度を身につける以前のことだ。それから数度、似たことがあった。真実らしい愛情にからかうような調子を混ぜるのがコツ。
なんで逃げんの、と近づく男に、女はなんと答えただろう?このように書くと映画だ。人格は脱色され、肉体は漂白され、物語というただ一人の主人公が座を占める。スクリーンの向こう、それを眺める人間もまた脱色され、肉体は殻のように脱ぎ捨てられる。精神は物語の共犯者だ。気づかない?おまえのことだよ。



物語なんかじゃ、ない。古びた書物の頁は抜け落ち、あの子の答えは遠く思い出せない。だが別の時間、別の場所で、同じ口からたしかに聞いた言葉を嵌めこみ、体裁らしく物語をでっちあげることはできる。
待ち合わせ時間に遅れて着くと女の子は泣いていて、こう言った。来てくれないかと思ったーー



嵐山と聞くと、皆さんはきっと風光明媚で賑やかな土地を思い浮かべることでしょう。なんたって京都随一の観光名所ですから。それは実際、間違いではないのですが、巷間流布されているイメージはあくまで昼の姿であり、夜の嵐山はまるで異なる相貌を浮かび上がらせるのです。あれは、なんといいますか、淋しさが騒々しいほどで、土産物屋はみな早い時間に閉まりますから、取り囲むように降りたシャッターがいかにも無骨、そもそも街全体が夜間の訪いを想定していないものですからひとっこひとりいやしませんし、なにより街灯がまったく点いていないのです!
必死のいいわけを呆れ顔で流しながらあの子がドアを開け、続いて入る。乱雑な部屋。甘ったるい煙草とメスの臭い。この頃には僕は通い妻ならぬ通い夫のようになっていた。街並みは昼間とは打って変わって、道を失った。死なれたら困るから死なれないように来たら迷ってしまった。
迎えにきてもらおう。
日射しは衰え風がやわらかくなり、秋めいてきた。見捨てられた遊園地のような夜の嵐山は肌寒く、市松模様のケープを肩にひっかけてあの子。思わずかけよると、後ずさる。からかうような調子はむしろ相手の得意とするところだった。



あの後なんの映画を見たのだろう。それとも、MOVIX京都は待ち合わせ場所に過ぎず、首尾よく落ち合った男女は河岸を変えてデートにいそしんだのだろうか。あるいはまっしぐらにホテル街!?
「なんで逃げんの」
「来てくれないかと思った」
「来るに決まってる」
「びっくりして・・・」
「行こうか」
ということはやはり映画館は待ち合わせ場所に過ぎなかったのだ。ばらばらに来て、一緒に行く。これはひとつの奇跡かもしれない。
「ホラー漫画が好きなんです」
「ふーん」
「あっ、ここ・・・煙草吸いますか?」
「ホラーばっか読んでんの?あ、吸う、煙草」
「意外ですね。吸わなそうなのに。読みますよ他にも」
「例えば?」
「ピューっと吹くジャガー、とか」
敬語使ってるな。そういえば彼女は年下だった。一見すると緊張は解けていないようだが、ピューっと吹くジャガーで笑いが弾け、ロマンスはきっと動き出すはずだ。



いや待て。あの子のはずがない。そんなはずはないのだ。だってあの子は・・・
珍しく禁煙席に。彼女が泣いていた五年前のカフェ、黒檀のテーブルではなくステンレス。文化史家ピーター・トゥーヒーの『退屈』。とかくネガティヴな意味を持たされがちな“退屈”という観念を、デューラーメランコリアにまで遡って解き明かした名著だ。集中して本を読みたかった。喫煙席はうるさい。女と別れて彼はいっそう本業に身を入れるようになった。あちこちの喫茶店に身を置いては現代の風俗を観察する。例えば二人の男と一人の女がひとつテーブルを囲んでいる場合。女がどちらの男に本当は気があるのかを15分以内に見抜き、クライアントに報告する。制限時間を超過するごとに手取りが減っていく仕組みだ。彼にしてみればだから、喫煙席がうるさいのは常識の範疇に入る。そこにはいつも三種類の人間がいた。ギャンブル狂の中年男、旦那と子供の愚痴を言い合う主婦、それから水商売の男女。もっともうるさいのは水商売連中だが、いっそうたちが悪いのはアパレル系の若く着飾った女どもだ。やつらときたらまったく、股ぐらパカー。煙草をスパー。口から出るのは男の話ばかり。それでいて恋愛市場における自分の商品価値を心得ているものだから、貧乏人には決して体を開かないときている。まるで高級ブランドの皮財布にでもなりたがってるみたいじゃないか・・・
集中して読むと煙草が吸いたくなる。コーヒーと煙草、それから灰皿を持って、喫煙席に移動。一服しながら隣を見ると、あの子がいた。



それからハンバーグを食べた。ほんとに死ぬと叫んだ姫を救うべく馳せ参じた勇者は道に迷いほんとに死ななかった姫に窮地を救われる始末。笑う?笑い事じゃない喜劇だってこの世にはある。
おいしい。おろしハンバーグの付け合わせに用意されたねぎについて感想を漏らす。それね、高いやつ。九条ねぎ、だったかな。おいしいでしょ?
手料理はいい。この時のハンバーグは三日後、料理学校に通っている地主の娘が作ったチャーハンの何倍も旨かった。いやちょっと待て。女がタメ口だぞ?なるほど二人は親密な仲になったのだな、やはりロマンスは転がったのだ。ライクアローリングストーン
セックスしたかどうかは、わからない。


思い出した。二人で『エヴァ序』を見たのだ。破の方だったかもしれない。傍証がある。一週間前、のんびり屋のオタクの女の子と見たのだ。それで、実は一回見たんだけどな・・・と思いながら見た記憶があるから、彼女と行ったのは破の方だ。間違いない。間違いしかない。なぜなら、これはいまひとつの傍証と矛盾するから。
あの時、映画館で落ち合った僕らは、映画を見ずにMOVIXを後にしたのではなかったか?するとエヴァ破を見たのはいつどこでだったろう?それともこの記憶こそが誤りか?
彼女のmixi日記が残っている。口ほどにものを言う目よりずっとおしゃべりなSNS。死んでも焼かれない死体。往時の日付にはこうある。
「映画を見ました。楽しかった。うん、とにかく、楽しかったんです!」
楽しかったならよかった。僕も楽しかった。なにもかもがきらきらしていた。



彼がネットで女漁りをしていた頃、mixiは最高の釣果が期待される釣り堀のひとつだった。現在ではアプリが主流だろう。mixiは今やすっかり使えないツールになり下がった。SNSの繁盛のほどはひとえに“釣れるかどうか”にかかっていると、システムエンジニアのクライアントに聞いたことがある。身も蓋もない話ですけどね。でも実際そうなんです。だから我々はオシャレで清潔な釣り堀を作るわけです。すると若くぴちぴちした魚が入ってくる。それを目当てに今度は釣り人たちが集まってくるって寸法です。
オレンジ色の釣り堀で釣り上げた女と遊びに行くと決まって「今日のこと、日記に書いていい?」。これに対する有効な回答を彼はよく身につけていた。
「俺は、書かない」
「えー、なんで?」
「あのね、日記はいつも二番目から書き出すようにしてるんだ」
「二番目から?」
「そう、二番目に楽しかったこと、二番目に苦しかったこと、二番目にこわかったこと」
「ふーん。それで?」
「~ちゃんといるといつも一番楽しい。だから日記には書けないんだ」
書かれたらどうしてマズイのか。既に餌に食いついている他の魚を釣り上げる妨げになるからだ。真摯さの演技は同情よりクセになる。



一本足に一つ目、真っ赤な体の妖怪、な~んだ?
おうちに帰るまでが遠足。おうちに帰ってお風呂で思い出すまでがデート。あの日は帰らなかった。二人で行った。だから今でも終わってない。
砕いても。どんなに念入りに砕いても。無数のガラス片が反射し合い、でっちあげた記憶を再上映してしまう。あの日二人は帰らなかった。
「じゃあ、ここで」
「うん」
無言
「行こうか」
無言
「一緒に」
まるで三文芝居だ。乗ったことのない電車に乗って。乗ったことのないバスに乗って。
「見てごらん、ほら」
「なに」
「あれだよ。知ってる?」
「ポストでしょ」
「すっげー怒ってる」
「そう?」
「そうだよ。だから赤いんだ」
笑い声
一本足に一つ目、真っ赤な体の妖怪、な~んだ?



彼の言い分が正しいとすれば、僕はさしずめ青いペンキで塗られたポスト。ヒップホップは意味を切断しながらイメージを繋げていく。
俺は脱輪 死んでも降臨 まるでキリスト ヨハネに聞かす ペンの代わりにパン 血で作る 狂ったテキスト
音を合わせれば意味は失せ、意味を手繰り寄せれば快感は消える。並び立つはずもない両雄をそれでも並び立たせるのがラッパーの芸。切断し、繋ぎ、また切断して繋ぎ、を数秒のうちに繰り返す。
いったい何度体を重ねただろう。あんなに楽しいセックスは経験したことがない。クソ暑い部屋にはたぶんセックスだけがいて、僕と彼女も、男と女すらいなかった。完全なセックスはむしろ性から遠ざかる。鉄の歯車が噛み合う様に性的興奮を覚えるというなら話は別だが。
繋がっては離れ、離れては繋がり、ついに離れられなくなる。



注射器があったのは覚えているから、目の前で死なれても不思議に思わなかった。
これでもう迷わずに済む。まっすぐ帰った。工事途中のショベルカーの脇を通り過ぎ、ローソンで緑茶とおにぎりを買って、女が出勤に使っていたバス停の庇で暑さをしのぎ、おにぎりの紐を切って頬張りながら歩いて電車に乗り、帰った。


穴りしす・バンジャマン・ペレ~『サン=ジェルマン大通り一二五番地で』を読む~

いったい、くぼみは自らの深さにどれほど頭を悩ませれば穴になれるのだろう?

その穴から出ることなくしてあの穴に入ることはできない。あるひとつの穴はいまひとつの穴から這い出る努力を要求する代わり、受け入れに際しては労を取らせない。勇を奮って飛び降りる要もなく、ただほんの少し足を滑らせるだけでいいのだ。

その穴、と言った。君に向かって言ったのだ。原初の森に似た産道を抜けて君はやってきた。たしかに抜けたのだ。だが、本当に抜け出たのだろうか?

こんなふうに考えてみたことはないか。君がいる世界と彼女がいる世界とは、ただひとつの子宮で繋がっているのだと。事実はその通りなのだ。でなければ、君と彼女が出会えたはずはないのだから。

その穴がもし、繋がったまま、塞がれていない、とすれば。

 

 

あらかじめひとつの穴に選び取られた君は、ひとつであることに必ず飽きる。そうして別の穴を探しはじめるだろう。穴が見つからなかったら?作るほかあるまい。どうやって?穿つ!読んで字のごとく、牙をもって。

さあ、サン=ジェルマン大通り一二五番地のバンジャマン・ペレ商店を訪ねるがいい。あいにくと店主は木登りに夢中。穴掘りには興味を持たないかもしれないが、とまれ、道具だけは揃っているのだ。

 

 

 

 

 

 

◎別の穴を求めて

・・・水差し、漏斗、金魚鉢。道の脇のどぶ、煙突、コーヒーカップ。池、たらい、プール、シルクハット。窓、口、パイプ、あらゆる裂け目。

 

 

穴各種取り揃え!なんでもござれ!いついかなる瞬間にもすべり落つ不用意な足をこそ、君は用意しておくべきだろう。しかし忘れてはならない。入る易しさは出る困難と取っ組み合っている。

 

 

 

 

ハエのように呆けた状態で、水差しの底で目覚めるなんて、その水差しから脱出できたなら五分後に母親を殺してしまいたい気分になるような体験です。

 

 

私は愛のせいで人殺しに、旅のせいで密売人になりました。しかしもしある夏の午後、サン=マルタン運河に浮かぶたらいのなかで目覚めることさえなかったならば、こんなことにはなりませんでした。そのたらいがどこから来たのか、なぜ私はそのなかにいたのか、今にいたるまで皆目わかりません。

 

 

肘掛け椅子の痕跡はクマの穴へと続いていた。

 

 

男は姿を消したが、ヴァギナのあった場所からは、硫黄が地面まで糸のように流れ落ちていた。

 

 

 

 

 

 

◎槌振るって火花を散らし

・・・シャベルとツルハシ。浴槽、歯車、バネ、唾液。

 

 

見たまえ。道具だけは揃っているのだ、道具だけは。変わり種の多くに君は驚くかもしれないが、①穿つたびごと光を放ち、②僅かなりとも地を掘り下げるものならなんでも、君に取っては立派な槌だ。大いに頼みにするといい。もし万が一ふさわしい連れ合いを見出せないというなら、最後の手段だ。自らを鎚に変えたまえ。

 

 

 

 

「そうだ、オベリスクまで地下道を掘ればいいんだわ」

まもなく彼女は跳躍をやめて、大股で家まで帰り、シャベルとツルハシを取り出して、間髪入れずに工事をはじめた。

 

 

 

歯車やバネは部屋中を飛び回って壁や天井にぶつかると、プールに落下するのだが、水面に触れる瞬間に小さな火花を放つのだった。

 

 

苛立った彼女は幾度もつばを吐いたが、つばが足元に落ちるとそれが数秒間、明るく光っていることに気がついた。

 

 

そういうわけである午後に、かなり深い上に面積も一ヘクタール以上はある池の水を男は飲み干したのだが、ちょうどそのとき水底の泥から飛び出してきたものは――聞いていますか読者のみなさん――そこから飛び出してきたものは、なんと巨大なシルクハットであった。それは三メートルほど飛び上がり、クルリとひっくり返ると泥のなかに、金髪でバラ色をした美しい娘を一人吐き出した。

 

 

 

 

 

 

◎眩暈のごとく中座して

・・・ある朝わたしを落としたイモムシ

  →宙吊りのまま揺れるさなぎ

  →シュレーディンガー荘子の蝶

 

 

なんだ早いな。もうへこたれたか?仕方ない、もとより困難な道行き、ここらで一息入れるのも悪くないだろう。眠りは君のなかに穴を育てる。枝分かれした先に待つ夢がいかなるものか、お誂え向きの予行演習じゃないか。

自分がだれかを忘れない限りにおいて。

 

 

 

 

ボクサーは彼にパンチを入れる。グルグルの頭は振り子のように揺れ、だんだん気が遠のいていく。もう一発パンチを浴びてKOされる。

 

 

ラ・ブーランジェールは深く息をつき、恍惚状態であるかのように天をあおぐと気を失った。

 

                  ↓

 

高くそびえる水晶の塔が、まもなく夜に取って代わったが、その天辺には小さな白い滝が吊るされていた。

 

 

糸でつないだ鉛製のおもりのように、夜が垂直に沈んだ。これぞまさしく思春期の夜。しかしながら、闇はそれほど深くはなかったと考えなくてはなるまい。というのも少し離れたところから、つまり三〇メートルあるいは三キロほどのところから――距離を測定するのは難しかった――、微風に揺られているかのように落ちそうになって行ったり来たりしている巨大なはしごを確認することができたからだ。

 

                  

 

ラノール夫人はいつも通り朝早く外に出て、昨日の夜はまだ赤く美しい実をつけていた庭の桜桃の木が、夜のうちにキリンの剥製にすり替わっていることに気づいた。

 

 

なにゆえの恐怖だったのか。一羽のトキが股のあいだに出現したのだった。トキはやむをえない場合には、突起や陶器、トーキーなどと混同することが可能なのだが、奇妙な現象のせいでヒツジの脚のように毛むくじゃらになった脚をしており、しばし体をくねらせたのち、窓ガラスが割れる大きな音のなかを飛び去っていったのである。

 

 

 

 

 

 

◎先人たちの屍越えて

・・・頁の間に挟まった蠅の死体。冗談みたいな死。

 

 

空白を埋める言葉に倦む空白。掘っては埋め、埋めては掘り進む、書物という穴のなか。

ある者は脱出をあきらめ眠りこみ、ある者は果敢な挑戦の果てに敗れ去る。

さあ、起きた起きた!ぼやぼやしてるとあいつらみたいになっちまうぞ!

 

 

 

 

 

すると池は干上がっており、底を覆う泥――すでに乾いてはいたが――の上に彼女が見つけたのは、狩猟用のラッパを手に持った数百匹のマーモセットの死骸であった。

 

 

プールにはありえないほど伸びきった女性の死体が七体か八体ほど浮かんでいた。

 

 

しかしアリスはまだ自分が水晶の塔の天辺にいることを知らない。だから父親が足元で、母親に激しく怒り、タバコ入れを彼女の顔に押し当てると、口のなかにまで突っこんでしまったのを見て驚いた。

 

 

ヘビの一群は刻一刻と膨れ上がっていき、大通りを下り続けると、瞬く間にシェルシュ=ミディの刑務所にまで達してしまった。これこそまさに、多くの軍事犯が抵抗を示すために待ち望んでいたことだった。ヘビたちが刑務所の門に着くとすぐ、門番は一番大きなヘビにまるでハッカ入りキャンディーのようにぺろりと呑みこまれてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

◎ひとつの穴に至るまでの別の穴の称揚

 

 

出口を探さなくてはならない――繰り返す――出口を探さなくてはならない。

同じ穴のなかにいてはいけない――繰り返す――同じ穴のなかにいてはいけない。

考えろ。掘り下げろ。求め続けろ。穴の世界に上下の別はない。さかさまの空、君を吐き出した子宮とて、天に穿たれた穴以外のなんであろう!

かくしてただひとつの例外もなくはじまりの穴へ帰っていく。

魚もキリストも、パン屋もブーランジェ夫人も、プレシオサウルスも液体状の惑星も、手を繋いで。公正かつ幸福な審判。

見るがいい。差し延べられた手を払い、ペレだけはひとり落ちていく。にやにや笑いながら、ひっくり返された死のただなかを――

 

 

 

 

現在の人間からそのトーテムをなす先祖へと系譜がつながっているとすれば、それは落ちなかったリンゴを通じてのことだろう。それは落ちて摘み取られるのを拒否したリンゴ、決して食されることがなく、それどころか牡蠣のように太陽へと向けて体を開き、自動人形の真のトーテムを差し出すリンゴだ。

 

 

生まれてこの方これほど完全な享楽を感じたことはなかった。たしかに私はこれから死ぬところなのであり、数分後にはギロチンの刃が私の頭上に落ちてくるだろうけれど。

 

 

 

 

 

 

 

 

※引用はすべて『サン=ジェルマン大通り一二五番地で』(バンジャマン・ペレ著、鈴木雅雄訳・解説、風濤社、二〇一三年)より。全十一のコントから、意図に従い、各章ごとにまんべんなく引用するよう心がけた。

※私こと脱輪は、以上の文章が私自身の穴りしすにより、前半は愛の営みの前に、後半はあとに書き取られたものであることを証明いたします。

 

 

 

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