無題

悲しみ、または墓穴と覗き窓、あらゆるさかいめのあやふや、散歩する山高帽、透き通った孤独の反射板、こわごわすすむ真夜中はランチ、値段のかわりにその価値を知っていた唯一の本。
アコーディオンの蛇腹は震えるダックスフント、またはあくびする猫。
冷たい石を踏み切りに見つけた晩、その石の語りかける言葉がぼくの言葉になって。ダフネの糸のようにたなびく言葉の端っこに、生まれた街がつまずいて。友達も、恋人も、学習塾も、ぼくの言葉は街ひとつぶんズレてしまった。
あらゆるさかいめのあやふやが間もなく始まる。ペンギンはフクロ狼に、貝殻は砂時計になった。五才で死んだ猫のラルースは、自慢のヒゲをより合わせた羽根、光るおなかはアコーディオン。伸びをするたび愉快な音色。
シャララン


墓穴(生きているあいだに飛びこまぬように!死んでいるあいだは飛び出さぬように!)
覗き窓(ある喜劇の実演:鋭い爪のひと掻きで、覗くものと覗かれるものとを出くわせる)


おお、ラルース!ぼくにはやることがない!この世界の片隅に、小さな穴を掘ろう。いつかもう一人のぼくを埋めるための墓穴。もう一人のぼくにはきっと、やることがあるはずだから。だけどシャベルでやつの頭を叩き割った後、ぼくはいったいなにをしよう?


午後の幽霊、だったか、あの映画
そう、サイレントの、イカしたトリック映画さ
かっちりスーツのジェントルマン、みんなして、ささやかで愉快な食事
なのに、紳士たちはロープを登り、登りきっては不意に消え、山高帽は散歩する
鏡の前、くたびれきった中年男、身だしなみこそエチケット
生きているのか、おいネクタイ、右にそれては左に曲がり、中年男の言うこと聞かず
困り果ててる、顔ったらさ


追伸:

とにもかくにもぼくにはやることができました。やつを埋めるための穴を掘ることです。少し心配なのは、もうひとりのぼくにもやることがなくて、反対側から同じように穴を掘っているのではないかということです。もしそうならいがみあうのはやめて、二人でできることを考えてみようと思います。
つらい穴掘りの最中、いつもきみのおなかの音楽を思っている。

四つ足の天使、アコーディオン猫、ラルースへ
愛をこめて