拾ったんは偶然やない。きみがあんまりかわいかったせいや。だって生きとるか死んどるかも分からんねやもん。美しいに決まっとる。そんで右耳からふこーって息吹き込んだら左耳ぽーっ言いよんねんな。もうぼくたまらんくなって浜辺に頭打ち付けて笑たわ。よう海の音がするとか言うやろ?貝やがな、貝に見えたんや、最初は。きみはかろうじて耳やてわかる部分が貝殻みたいな巻き方しとった。せやから耳寄せて聴いてみたんや、海の音するか試したろ思て。なんのこたない。生きとる音がした。出口を求めとるんやけど、ぼくの耳が塞いどるから困ったなあ言うとる。音は入口から出口に出てはじめて「鳴った」言えるんやて。心臓の鼓動かて一緒や。耳から抜けてはじめて「ああなんや生きとるわ」って。へえそんなもんかねえ思て、慌てて耳外したら、きみはアンモニアの噴水実験みたいに吹き出したんや。それで一気にわかった。引きずり込むような渦巻き、貝殻やなくて鼓膜やて。水が吹き出とるとこはなんやろ、蛇口でええんやろか。その蛇口がなんやぼそぼそ言うもんやから、かわいそなって連れて帰ったんや。 



生きとるもんはあったかい湯に浸かったらなんもかんもチャラなるとぼく思とるもんやから、まっさきに風呂入れたった。シャワー浴びせたら、きみの内っ側からぷつーてちっちゃい穴開いて、なんとそっから芽が出てきよる。これは芽と考えて差し支えないんやろか、そしたらきみは植物かいなと悩んどったら、にょきにょき伸びて天井のタイルにくっつきそうな芽から落下傘みたいに出てきよった。陽気にひらひら降りてきよる。あれを芽とするんならこれは種や間違いない、関連性はよう分からんけどと思て、両手で掬って湯船にそっと漬けてみたわけや。そしたらや、きみ、あれはびっくりするで!その種から芽が伸びて芽からきみが伸びてあっちのきみから種飛んでこっちのきみから種飛んで、あっちゅう間に風呂場を埋め尽くしてもうたんや!浴室の中で花火が弾けたんか思たわ。きれいやった。そん時はな、それは認める。 



でもなあ、ぼくにかて生活ゆうもんがあるやんか。どんな英雄かて排便しとるし、いくらええかげんな小説や言うてもその中で生きとる人がちゃんとおるんですわ。ぼくかてねえ、きみ、ぼくかてその中の一人や。どんな人間にもそれぞれ生活ゆうもんがある。その他はなんもあらへん。逃げ出す入口が生活なら、戻ってくる出口も一緒や。そこから脱出することなんか誰にもでけひん。ぼくらがりっぱな音楽鳴らせるんは、せいぜい死ぬ間際の放屁ぐらいのもんや。



せやけどな、どんなひとりごとかて自分の耳にはちゃあんと聞こえとる。その穴塞いだらあかんで。それだけは絶対にあかん。そないなことしたら、どっかで耳拾て来るしかあらへん。覚悟決めて世話しいや。そうや、少しはぼくを見習い! 



まあ、そんなことはどうでもええんや。ともかくや、きみは増えすぎた。きれいなもんなんて翌日にはただのゴミや。祭を見てみい。そやから根っこに火つけて燃やしたろ思た。かわいいやらかわいそうやらわずらわしいに勝てんのやって気付いたらちょっと泣けた。泣きながら火つけたったわ。悲しいことかてやらなあかん、けど、悲しいんやったらさっさと終わらしてまえ思てな。そしたらきみはぽーって鳴った。それはそれは気持ちいい音やった。そこここでぽーっ!ぽーっ!ゆうんが風呂場の中で反射し合って戦っとるんや。万華鏡あるやろ?あれの全部の絵柄をいっぺんに見てもうたような気分やった。ほらもう一瞬で、あたま飛んだよ。なんや気味悪いフォームで伸びてきて、いつのまにやら絡め取られてた。そんで気い付いたら、きみの中にすっぽり収まってたんや。安心した。もう泣かんで済む思たら、風呂場の静けさがだんだん心地ようなってきた。ドアノブの向こうにあるはずの生活やなんか、どっかの爆弾落とされてる国ぐらい遠いもんになっとった。出しかけのゴミ袋がいつもの絨毯のコーヒーこぼしたとこらへんにあるんやろう。けど、そんなことどうでもよかった。どうでもええんやもう。人間って安心するために生きとるんやないの?そやから安心しすぎると死ぬねん。うひひ、おもろいなあほんま。ぽーっ!ぽーっ!笑たらきみがいっせいに鳴った。きっと出口が必要なんやろう。ぼくという出口が。みんな一人で生きとらん。耳かて右あって左あってはじめて聞こえんのや、心臓かて左右で鳴りよる。入口と出口が、右と左が、人間の中に安定を作っとる。それが揃ってないもんは、結局さみしがりなわけや。急激に音量が上がる。湿った浴室でぼくも鳴った。ぽーっ!!ぽーっ!! 



なあ、なあなあ、あんた。今ぼくのからだじいっと見とるそこのあんたや。約束やで。今からぼくが飛ばす種を、どうか大切に育ててくれへんやろか。それができたら、これも約束や。ぼくがあんたを取り込んだる。湿った浴室の中で、安心して生きよや。あーやめやめ!つらいのはもうやめやがな。出口になってくれ、あんた。 



きみを拾ったんは偶然なんかやない。ぼくはぼくから抜けて、きみの中に入りたかったんや。あんたかて、それと同じことやがな。ひとつもちがわへん。いつか海岸でぼくの耳に、引き込むような貝殻模様見つけたら、そう、思い切ってぼくの中に入ってきてや。安心して二人、左右とも揃って大丈夫やなって二人、笑い合いながら鳴るんやって。ぽーっ!ぽーっ!ぽーっ!て……