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エリクサー・エンジェルの個性と発展

自己のツイッターから盗用して日記を書くという不埒なこころみ。





TSUTAYAでパッケージ化され、雑然たる笑みを浮かべるAV女優のことごとくが自分の彼女よりかわいい時代にあって、いったいなにを男子一生の目的として生きていくか?ということが今後ますます大きな課題になっていくにちがいない。
実際、アダルトビデオコーナーに立ち入って漏らす感想は「みんなかわいい!」をおいて他にないのであって、「ブスばっかじゃねーか!」という怒号が轟いた時代に担保されていた裏腹の満足感(やっぱり彼女がいちばん!)は、「みんなかわいい!」という苦笑混じりの歓喜の下では息も絶え絶えなのである。
外見上の美観がもっとも高水準に保たれているのは、今やアイドルでもグラビアアイドルでもなくAV女優なのだという認識(もちろん乃木坂46だけは例外だ!)は、通常あえて意識に上らせないようにしているにせよ、男子の間にあってはある程度の共通了解ではないか。
クラスで三番目くらいにかわいい女の子を聖別したAKBや、楽曲とパフォーマンス面に重きを置いたももクロ、現代美術とサブカルチャーの混血児といった趣のでんぱ組らに代表される、アイドルの内面性にこそ魅力を求めんとする近年の風潮は、“外観上もっともかわいい存在”としてのアイドル像を失墜させた、ニュータイプAV女優の台頭と無縁だとは思えない。
ついでに言うなら、独身者の増加、出生率の低下とも無縁だとは思えない。わりとマジで(笑)
日々の仕事にそれなりの疲労/充実を感じ、自ら選択した恋人にそこそこの満足/幻滅を味わい、家に帰り着けば、それらをふっとばすクオリティーの“情報化された天使”が出迎えてくれるというビジョンは、かつて単身者が思い描いた、ディックが予言したSF的世界そのままではないか?
だれも言わないし、そうした現状の良し悪しも特に問わないけれど、少なくとも男子はみんな、ニュータイプAV女優から活力をもらっているはずだ。なんとなれば、その疲労回復能力はエリクサー級なのだから。
そうだ、かつてない高水準に外観が保たれたニュータイプAV女優たちのことを、“エリクサー・エンジェル”と名づけることにしよう!
とはいえ、男子におけるエリクサー・システムの欠陥というか、困ったなあと思うのは、失恋時。芸術・文化方面への没頭という形で痛手を癒せる場合はまだいいのだが、諸般の事情によってそれがかなわない時。ありがちな帰結としてエリクサー・エンジェルに助けを求めるわけだが、これが実に苦しい。
もう、AV見るのがつらくてつらくて・・・。女の子によって受けた傷を女の子によって癒す、という方法論の限界を肌で感じるというか、そもそも地獄巡りの矛盾を含み持っているわけだから、その欠陥が突如として明らかになってしまうという・・・気をつけなはれや!
ここで脳裏をよぎるのは、村上春樹の小説『ノルウェイの森』だ。屋上から家々を眺め下ろしながら、あそこに住んでる男がみんな女の裸を想像してオナニーしてるなんてバカみたい、と緑。これに答えてワタナベくん、「まあ、スエズ運河や動詞の活用でオナニーする男はあまりいないだろうね」(うろ覚え)
しかし、ワタナベくんはウィットに富んだ切り返しに満足しつつドヤ顔で緑を抱いている場合ではなかったのだ!いったい、女の裸はいいかげん卒業して、スエズ運河や動詞の活用でオナニーできるようにならない限り、我々男子に未来はないのではないか?



〈呼ばれてないのに飛び出すアフォリズムジャジャジャジャーン!〉 
失恋の痛手を癒す手段をついにどこにも見出せない時、人間は真夜中の冷蔵庫になる。ときおり、ウゥ~ン、と唸るだけの生きものに。



しかしなんだ、恋人がいないのはさみしいな。恋人がいた時だってほんとはさみしかったことを容赦なく暴きたて、もはや手のつけようのないさみしさの正体をうっかり見破ってしまうから、恋人がいないのはさみしい。
恋人がいる女の子は、せっかくだからその彼に尋ねてみるといい。お気に入りのアイドルを三人挙げるより、お気に入りのAV女優を三人挙げる方が、きっと早いはずだから。もしそうなら、そんな彼とは別れなさい。えぇぶぃ~?聞いたことないなぁ~?ぐらいの卓越したとぼけ力を持った男の子の方が、将来絶対頼りになるよ。
僕だったら、両方とも光の速さで答えるか、悩みすぎて長考に入りますけどね(笑)