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穴りしす・バンジャマン・ペレ~『サン=ジェルマン大通り一二五番地で』を読む~

いったい、くぼみは自らの深さにどれほど頭を悩ませれば穴になれるのだろう?

その穴から出ることなくしてあの穴に入ることはできない。あるひとつの穴はいまひとつの穴から這い出る努力を要求する代わり、受け入れに際しては労を取らせない。勇を奮って飛び降りる要もなく、ただほんの少し足を滑らせるだけでいいのだ。

その穴、と言った。君に向かって言ったのだ。原初の森に似た産道を抜けて君はやってきた。たしかに抜けたのだ。だが、本当に抜け出たのだろうか?

こんなふうに考えてみたことはないか。君がいる世界と彼女がいる世界とは、ただひとつの子宮で繋がっているのだと。事実はその通りなのだ。でなければ、君と彼女が出会えたはずはないのだから。

その穴がもし、繋がったまま、塞がれていない、とすれば。

 

 

あらかじめひとつの穴に選び取られた君は、ひとつであることに必ず飽きる。そうして別の穴を探しはじめるだろう。穴が見つからなかったら?作るほかあるまい。どうやって?穿つ!読んで字のごとく、牙をもって。

さあ、サン=ジェルマン大通り一二五番地のバンジャマン・ペレ商店を訪ねるがいい。あいにくと店主は木登りに夢中。穴掘りには興味を持たないかもしれないが、とまれ、道具だけは揃っているのだ。

 

 

 

 

 

 

◎別の穴を求めて

・・・水差し、漏斗、金魚鉢。道の脇のどぶ、煙突、コーヒーカップ。池、たらい、プール、シルクハット。窓、口、パイプ、あらゆる裂け目。

 

 

穴各種取り揃え!なんでもござれ!いついかなる瞬間にもすべり落つ不用意な足をこそ、君は用意しておくべきだろう。しかし忘れてはならない。入る易しさは出る困難と取っ組み合っている。

 

 

 

 

ハエのように呆けた状態で、水差しの底で目覚めるなんて、その水差しから脱出できたなら五分後に母親を殺してしまいたい気分になるような体験です。

 

 

私は愛のせいで人殺しに、旅のせいで密売人になりました。しかしもしある夏の午後、サン=マルタン運河に浮かぶたらいのなかで目覚めることさえなかったならば、こんなことにはなりませんでした。そのたらいがどこから来たのか、なぜ私はそのなかにいたのか、今にいたるまで皆目わかりません。

 

 

肘掛け椅子の痕跡はクマの穴へと続いていた。

 

 

男は姿を消したが、ヴァギナのあった場所からは、硫黄が地面まで糸のように流れ落ちていた。

 

 

 

 

 

 

◎槌振るって火花を散らし

・・・シャベルとツルハシ。浴槽、歯車、バネ、唾液。

 

 

見たまえ。道具だけは揃っているのだ、道具だけは。変わり種の多くに君は驚くかもしれないが、①穿つたびごと光を放ち、②僅かなりとも地を掘り下げるものならなんでも、君に取っては立派な槌だ。大いに頼みにするといい。もし万が一ふさわしい連れ合いを見出せないというなら、最後の手段だ。自らを鎚に変えたまえ。

 

 

 

 

「そうだ、オベリスクまで地下道を掘ればいいんだわ」

まもなく彼女は跳躍をやめて、大股で家まで帰り、シャベルとツルハシを取り出して、間髪入れずに工事をはじめた。

 

 

 

歯車やバネは部屋中を飛び回って壁や天井にぶつかると、プールに落下するのだが、水面に触れる瞬間に小さな火花を放つのだった。

 

 

苛立った彼女は幾度もつばを吐いたが、つばが足元に落ちるとそれが数秒間、明るく光っていることに気がついた。

 

 

そういうわけである午後に、かなり深い上に面積も一ヘクタール以上はある池の水を男は飲み干したのだが、ちょうどそのとき水底の泥から飛び出してきたものは――聞いていますか読者のみなさん――そこから飛び出してきたものは、なんと巨大なシルクハットであった。それは三メートルほど飛び上がり、クルリとひっくり返ると泥のなかに、金髪でバラ色をした美しい娘を一人吐き出した。

 

 

 

 

 

 

◎眩暈のごとく中座して

・・・ある朝わたしを落としたイモムシ

  →宙吊りのまま揺れるさなぎ

  →シュレーディンガー荘子の蝶

 

 

なんだ早いな。もうへこたれたか?仕方ない、もとより困難な道行き、ここらで一息入れるのも悪くないだろう。眠りは君のなかに穴を育てる。枝分かれした先に待つ夢がいかなるものか、お誂え向きの予行演習じゃないか。

自分がだれかを忘れない限りにおいて。

 

 

 

 

ボクサーは彼にパンチを入れる。グルグルの頭は振り子のように揺れ、だんだん気が遠のいていく。もう一発パンチを浴びてKOされる。

 

 

ラ・ブーランジェールは深く息をつき、恍惚状態であるかのように天をあおぐと気を失った。

 

                  ↓

 

高くそびえる水晶の塔が、まもなく夜に取って代わったが、その天辺には小さな白い滝が吊るされていた。

 

 

糸でつないだ鉛製のおもりのように、夜が垂直に沈んだ。これぞまさしく思春期の夜。しかしながら、闇はそれほど深くはなかったと考えなくてはなるまい。というのも少し離れたところから、つまり三〇メートルあるいは三キロほどのところから――距離を測定するのは難しかった――、微風に揺られているかのように落ちそうになって行ったり来たりしている巨大なはしごを確認することができたからだ。

 

                  

 

ラノール夫人はいつも通り朝早く外に出て、昨日の夜はまだ赤く美しい実をつけていた庭の桜桃の木が、夜のうちにキリンの剥製にすり替わっていることに気づいた。

 

 

なにゆえの恐怖だったのか。一羽のトキが股のあいだに出現したのだった。トキはやむをえない場合には、突起や陶器、トーキーなどと混同することが可能なのだが、奇妙な現象のせいでヒツジの脚のように毛むくじゃらになった脚をしており、しばし体をくねらせたのち、窓ガラスが割れる大きな音のなかを飛び去っていったのである。

 

 

 

 

 

 

◎先人たちの屍越えて

・・・頁の間に挟まった蠅の死体。冗談みたいな死。

 

 

空白を埋める言葉に倦む空白。掘っては埋め、埋めては掘り進む、書物という穴のなか。

ある者は脱出をあきらめ眠りこみ、ある者は果敢な挑戦の果てに敗れ去る。

さあ、起きた起きた!ぼやぼやしてるとあいつらみたいになっちまうぞ!

 

 

 

 

 

すると池は干上がっており、底を覆う泥――すでに乾いてはいたが――の上に彼女が見つけたのは、狩猟用のラッパを手に持った数百匹のマーモセットの死骸であった。

 

 

プールにはありえないほど伸びきった女性の死体が七体か八体ほど浮かんでいた。

 

 

しかしアリスはまだ自分が水晶の塔の天辺にいることを知らない。だから父親が足元で、母親に激しく怒り、タバコ入れを彼女の顔に押し当てると、口のなかにまで突っこんでしまったのを見て驚いた。

 

 

ヘビの一群は刻一刻と膨れ上がっていき、大通りを下り続けると、瞬く間にシェルシュ=ミディの刑務所にまで達してしまった。これこそまさに、多くの軍事犯が抵抗を示すために待ち望んでいたことだった。ヘビたちが刑務所の門に着くとすぐ、門番は一番大きなヘビにまるでハッカ入りキャンディーのようにぺろりと呑みこまれてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

◎ひとつの穴に至るまでの別の穴の称揚

 

 

出口を探さなくてはならない――繰り返す――出口を探さなくてはならない。

同じ穴のなかにいてはいけない――繰り返す――同じ穴のなかにいてはいけない。

考えろ。掘り下げろ。求め続けろ。穴の世界に上下の別はない。さかさまの空、君を吐き出した子宮とて、天に穿たれた穴以外のなんであろう!

かくしてただひとつの例外もなくはじまりの穴へ帰っていく。

魚もキリストも、パン屋もブーランジェ夫人も、プレシオサウルスも液体状の惑星も、手を繋いで。公正かつ幸福な審判。

見るがいい。差し延べられた手を払い、ペレだけはひとり落ちていく。にやにや笑いながら、ひっくり返された死のただなかを――

 

 

 

 

現在の人間からそのトーテムをなす先祖へと系譜がつながっているとすれば、それは落ちなかったリンゴを通じてのことだろう。それは落ちて摘み取られるのを拒否したリンゴ、決して食されることがなく、それどころか牡蠣のように太陽へと向けて体を開き、自動人形の真のトーテムを差し出すリンゴだ。

 

 

生まれてこの方これほど完全な享楽を感じたことはなかった。たしかに私はこれから死ぬところなのであり、数分後にはギロチンの刃が私の頭上に落ちてくるだろうけれど。

 

 

 

 

 

 

 

 

※引用はすべて『サン=ジェルマン大通り一二五番地で』(バンジャマン・ペレ著、鈴木雅雄訳・解説、風濤社、二〇一三年)より。全十一のコントから、意図に従い、各章ごとにまんべんなく引用するよう心がけた。

※私こと脱輪は、以上の文章が私自身の穴りしすにより、前半は愛の営みの前に、後半はあとに書き取られたものであることを証明いたします。

 

 

 

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