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嵐山

ほんとに死ぬっ!と叫んだ女の子の家は嵐山にあって、電車に乗って。急いだ。街並みは昼間と打って変わって、夜だ。
ホリーズカフェ四条室町店には喫煙席がある。腰かける。隣にその子がいて、ぱかーん。頭が開いた。中にはたっぷり詰まってる。思い出、といえば気安いが、それはガラスで、しかも念入りに砕けていて、ひっかかるたびひっぱりだせば切れる。
はじめて会ったのは・・・
映画館!入口に設置された券売機の前にあの子はいて、夏だった。日が長く感じられはじめた矢先、近づくと後ずさった。
なんで逃げんの。笑いながらいなす態度を身につける以前のことだ。それから数度、似たことがあった。真実らしい愛情にからかうような調子を混ぜるのがコツ。
なんで逃げんの、と近づく男に、女はなんと答えただろう?このように書くと映画だ。人格は脱色され、肉体は漂白され、物語というただ一人の主人公が座を占める。スクリーンの向こう、それを眺める人間もまた脱色され、肉体は殻のように脱ぎ捨てられる。精神は物語の共犯者だ。気づかない?おまえのことだよ。



物語なんかじゃ、ない。古びた書物の頁は抜け落ち、あの子の答えは遠く思い出せない。だが別の時間、別の場所で、同じ口からたしかに聞いた言葉を嵌めこみ、体裁らしく物語をでっちあげることはできる。
待ち合わせ時間に遅れて着くと女の子は泣いていて、こう言った。来てくれないかと思ったーー



嵐山と聞くと、皆さんはきっと風光明媚で賑やかな土地を思い浮かべることでしょう。なんたって京都随一の観光名所ですから。それは実際、間違いではないのですが、巷間流布されているイメージはあくまで昼の姿であり、夜の嵐山はまるで異なる相貌を浮かび上がらせるのです。あれは、なんといいますか、淋しさが騒々しいほどで、土産物屋はみな早い時間に閉まりますから、取り囲むように降りたシャッターがいかにも無骨、そもそも街全体が夜間の訪いを想定していないものですからひとっこひとりいやしませんし、なにより街灯がまったく点いていないのです!
必死のいいわけを呆れ顔で流しながらあの子がドアを開け、続いて入る。乱雑な部屋。甘ったるい煙草とメスの臭い。この頃には僕は通い妻ならぬ通い夫のようになっていた。街並みは昼間とは打って変わって、道を失った。死なれたら困るから死なれないように来たら迷ってしまった。
迎えにきてもらおう。
日射しは衰え風がやわらかくなり、秋めいてきた。見捨てられた遊園地のような夜の嵐山は肌寒く、市松模様のケープを肩にひっかけてあの子。思わずかけよると、後ずさる。からかうような調子はむしろ相手の得意とするところだった。



あの後なんの映画を見たのだろう。それとも、MOVIX京都は待ち合わせ場所に過ぎず、首尾よく落ち合った男女は河岸を変えてデートにいそしんだのだろうか。あるいはまっしぐらにホテル街!?
「なんで逃げんの」
「来てくれないかと思った」
「来るに決まってる」
「びっくりして・・・」
「行こうか」
ということはやはり映画館は待ち合わせ場所に過ぎなかったのだ。ばらばらに来て、一緒に行く。これはひとつの奇跡かもしれない。
「ホラー漫画が好きなんです」
「ふーん」
「あっ、ここ・・・煙草吸いますか?」
「ホラーばっか読んでんの?あ、吸う、煙草」
「意外ですね。吸わなそうなのに。読みますよ他にも」
「例えば?」
「ピューっと吹くジャガー、とか」
敬語使ってるな。そういえば彼女は年下だった。一見すると緊張は解けていないようだが、ピューっと吹くジャガーで笑いが弾け、ロマンスはきっと動き出すはずだ。



いや待て。あの子のはずがない。そんなはずはないのだ。だってあの子は・・・
珍しく禁煙席に。彼女が泣いていた五年前のカフェ、黒檀のテーブルではなくステンレス。文化史家ピーター・トゥーヒーの『退屈』。とかくネガティヴな意味を持たされがちな“退屈”という観念を、デューラーメランコリアにまで遡って解き明かした名著だ。集中して本を読みたかった。喫煙席はうるさい。女と別れて彼はいっそう本業に身を入れるようになった。あちこちの喫茶店に身を置いては現代の風俗を観察する。例えば二人の男と一人の女がひとつテーブルを囲んでいる場合。女がどちらの男に本当は気があるのかを15分以内に見抜き、クライアントに報告する。制限時間を超過するごとに手取りが減っていく仕組みだ。彼にしてみればだから、喫煙席がうるさいのは常識の範疇に入る。そこにはいつも三種類の人間がいた。ギャンブル狂の中年男、旦那と子供の愚痴を言い合う主婦、それから水商売の男女。もっともうるさいのは水商売連中だが、いっそうたちが悪いのはアパレル系の若く着飾った女どもだ。やつらときたらまったく、股ぐらパカー。煙草をスパー。口から出るのは男の話ばかり。それでいて恋愛市場における自分の商品価値を心得ているものだから、貧乏人には決して体を開かないときている。まるで高級ブランドの皮財布にでもなりたがってるみたいじゃないか・・・
集中して読むと煙草が吸いたくなる。コーヒーと煙草、それから灰皿を持って、喫煙席に移動。一服しながら隣を見ると、あの子がいた。



それからハンバーグを食べた。ほんとに死ぬと叫んだ姫を救うべく馳せ参じた勇者は道に迷いほんとに死ななかった姫に窮地を救われる始末。笑う?笑い事じゃない喜劇だってこの世にはある。
おいしい。おろしハンバーグの付け合わせに用意されたねぎについて感想を漏らす。それね、高いやつ。九条ねぎ、だったかな。おいしいでしょ?
手料理はいい。この時のハンバーグは三日後、料理学校に通っている地主の娘が作ったチャーハンの何倍も旨かった。いやちょっと待て。女がタメ口だぞ?なるほど二人は親密な仲になったのだな、やはりロマンスは転がったのだ。ライクアローリングストーン
セックスしたかどうかは、わからない。


思い出した。二人で『エヴァ序』を見たのだ。破の方だったかもしれない。傍証がある。一週間前、のんびり屋のオタクの女の子と見たのだ。それで、実は一回見たんだけどな・・・と思いながら見た記憶があるから、彼女と行ったのは破の方だ。間違いない。間違いしかない。なぜなら、これはいまひとつの傍証と矛盾するから。
あの時、映画館で落ち合った僕らは、映画を見ずにMOVIXを後にしたのではなかったか?するとエヴァ破を見たのはいつどこでだったろう?それともこの記憶こそが誤りか?
彼女のmixi日記が残っている。口ほどにものを言う目よりずっとおしゃべりなSNS。死んでも焼かれない死体。往時の日付にはこうある。
「映画を見ました。楽しかった。うん、とにかく、楽しかったんです!」
楽しかったならよかった。僕も楽しかった。なにもかもがきらきらしていた。



彼がネットで女漁りをしていた頃、mixiは最高の釣果が期待される釣り堀のひとつだった。現在ではアプリが主流だろう。mixiは今やすっかり使えないツールになり下がった。SNSの繁盛のほどはひとえに“釣れるかどうか”にかかっていると、システムエンジニアのクライアントに聞いたことがある。身も蓋もない話ですけどね。でも実際そうなんです。だから我々はオシャレで清潔な釣り堀を作るわけです。すると若くぴちぴちした魚が入ってくる。それを目当てに今度は釣り人たちが集まってくるって寸法です。
オレンジ色の釣り堀で釣り上げた女と遊びに行くと決まって「今日のこと、日記に書いていい?」。これに対する有効な回答を彼はよく身につけていた。
「俺は、書かない」
「えー、なんで?」
「あのね、日記はいつも二番目から書き出すようにしてるんだ」
「二番目から?」
「そう、二番目に楽しかったこと、二番目に苦しかったこと、二番目にこわかったこと」
「ふーん。それで?」
「~ちゃんといるといつも一番楽しい。だから日記には書けないんだ」
書かれたらどうしてマズイのか。既に餌に食いついている他の魚を釣り上げる妨げになるからだ。真摯さの演技は同情よりクセになる。



一本足に一つ目、真っ赤な体の妖怪、な~んだ?
おうちに帰るまでが遠足。おうちに帰ってお風呂で思い出すまでがデート。あの日は帰らなかった。二人で行った。だから今でも終わってない。
砕いても。どんなに念入りに砕いても。無数のガラス片が反射し合い、でっちあげた記憶を再上映してしまう。あの日二人は帰らなかった。
「じゃあ、ここで」
「うん」
無言
「行こうか」
無言
「一緒に」
まるで三文芝居だ。乗ったことのない電車に乗って。乗ったことのないバスに乗って。
「見てごらん、ほら」
「なに」
「あれだよ。知ってる?」
「ポストでしょ」
「すっげー怒ってる」
「そう?」
「そうだよ。だから赤いんだ」
笑い声
一本足に一つ目、真っ赤な体の妖怪、な~んだ?



彼の言い分が正しいとすれば、僕はさしずめ青いペンキで塗られたポスト。ヒップホップは意味を切断しながらイメージを繋げていく。
俺は脱輪 死んでも降臨 まるでキリスト ヨハネに聞かす ペンの代わりにパン 血で作る 狂ったテキスト
音を合わせれば意味は失せ、意味を手繰り寄せれば快感は消える。並び立つはずもない両雄をそれでも並び立たせるのがラッパーの芸。切断し、繋ぎ、また切断して繋ぎ、を数秒のうちに繰り返す。
いったい何度体を重ねただろう。あんなに楽しいセックスは経験したことがない。クソ暑い部屋にはたぶんセックスだけがいて、僕と彼女も、男と女すらいなかった。完全なセックスはむしろ性から遠ざかる。鉄の歯車が噛み合う様に性的興奮を覚えるというなら話は別だが。
繋がっては離れ、離れては繋がり、ついに離れられなくなる。



注射器があったのは覚えているから、目の前で死なれても不思議に思わなかった。
これでもう迷わずに済む。まっすぐ帰った。工事途中のショベルカーの脇を通り過ぎ、ローソンで緑茶とおにぎりを買って、女が出勤に使っていたバス停の庇で暑さをしのぎ、おにぎりの紐を切って頬張りながら歩いて電車に乗り、帰った。